週末はじめました。

日常ではない何者かになりたいわたしの旅や遠足、自然に癒やされたいわたしのキャンプ・アウトドアの記録

圧巻!高さ日本一の石垣を誇る「丸亀城」

丸亀城

「日本一高い石垣」があるという丸亀城に行ってきました🥳

丸亀城(まるがめじょう)

丸亀城

丸亀城は香川県丸亀市にあるお城で、石垣の高さが日本一なことで有名なお城です。

別名
  • 亀山城(かめやまじょう)
  • 蓬莱城(ほうらいじょう)
指定
公式サイト
https://www.marugame-castle.jp
最寄り駅
丸亀駅(GoogleMap
所在地
〒763-0025
香川県丸亀市一番丁

丸亀城へのアクセス方法はこちらから↓

www.ritocamp.com

私は丸亀駅から、行きはタクシーで行って、帰りは徒歩で丸亀駅まで戻りました。

外観

丸亀城に到着。日本一高い石垣を持つだけあって、かなり高い位置に天守があります。

丸亀城の外観

大手門

玄関口、大手門。

大手門

お堀に水が溜まっていますが、緑色。アオコの仕業かな。

お堀の水

先に見えるのが二の門です。

大手二の門

ニの門

丸亀城の二の門は高麗門(こうらいもん)形式の門、どっしり構えている感じが迫力があってかっこいい✨

大手二の門

二の門の脇の塀には狭間(さま)がありました。

狭間

三角の狭間は鉄砲狭間かな?

門を閉じていても大手門の外の様子を伺える

一の門

二の門をくぐるとすぐに一の門があります。

大手 一の門

玄関口ということもあり石垣の積まれ方がきれいですね。梁も大きくて迫力があります。

大手 一の門

では一の門をくぐります。丸亀城さま、失礼いたします。

一の門

大手門広場

大手門をくぐると大手門広場があります。

大手門広場

めちゃめちゃ広いですね。

ここ右手に行くと「番所長屋」や「丸亀市立資料館」へ。左手に行くと天守へ向かいます。

天守に行くには左に進む

また、この大手門広場には丸亀城内観光案内所もあります。

丸亀城内観光案内所(写真左)

私が来た時は 17 時前だったのでどこの施設も閉まっていました。残念。丸亀城に行くなら夕方より前が良いですね。

心臓破りの急斜面「見返り坂」

石垣の高さが日本一」ということは、天守に行くならその高さまで上がる必要がある。ということ。

この見返り坂は、丸亀城名物です。

見返り坂

「時々立ち止まって振り返りたくなる」くらい傾斜が急であることから「見返り坂」と呼ばれています。

結構先が見えない感じだと思いますが、その通りで結構距離もあります。

急勾配も上の写真だとわかりにくいですが、こちらは折返しまで見返り坂を上ってきて、上から下を撮ったところです。

見返り坂の折返し時点から

傾斜が急なのがよくわかりますね。

これ本当に上るの本当につらかったです笑(2, 3 分かかりました)

少なくとも、ベビーカーとか車椅子を押して上るのはオススメしません。

まだここの時点で見返り坂を全て上ってはいないのですが、ここまで上ると大きな石垣を間近で見ることができます。

大きな石垣!

本当に高いですね。すごい✨

20m 以上あるんだそうです。

日本一高い石垣

ということで、残りの見返り坂も攻略していきます。

見返り坂後半戦スタート

見返り坂はきついのですが、間近で見る石垣の大きさに圧倒されます。これは本当にすごいです✨

実物見ると迫力が全然違いますね。

とにかく大きな石垣に圧倒されます

ちなみに見返り坂の後半戦はこんな感じです。

上がりきったところからの様子

夏に行ったのですが、見返り坂を上りきった時点で汗だくになりました。

水分とタオルは必須です。(切実)

三の丸

見返り坂を上り切ると、三の丸です。

三の丸

三の丸

見返り坂を登ると三の丸である。海抜約五〇五メートルの平地で、東方左方)の眺めがすばらしい。飯野山(讃岐富士四二ニメートル)がそびえ、その手前に土器川が右南から北へ流れ、その北に青ノ山が横たわり、更にその北に遠するは坂出市番の州工業地帯と瀬戸大橋である。東南隅に巽櫓の跡がある。土器川の東と城の南方は旧高松藩領で、それを見張る櫓であった。月見にはよい位置であったから月見櫓とも呼ばれた。

三の丸にあった案内板

三の丸は広場になっていて、休憩もできるし、櫓跡があるので丸亀市を一望できます。

東櫓台跡

本丸までいけば最高の景色が見られるのですが、見返り坂を上ったご褒美として、一足先に東櫓台跡から景色を見てみましょう。

東櫓台跡からの眺め

丸亀市を一望できます。すごくいい景色ですね。

月見櫓跡

月見櫓跡

こっちは東櫓台の反対側にある月見櫓跡です。

月見櫓跡からの眺め

勤王碑

勤王碑

幕末から明治初めに活躍した郷土の勤王志士 土肥実光(大作)、村岡宗四郎が大正 8 年に贈位されたのを記念し、勤王志士遺烈表彰会が大正 12 年に建立した。

土肥大作は天保 8 年現城西町で生まれ、征討軍参謀を経て新治県(茨城県)参事在任中 明治 5 年 3 月、36 歳で死亡した。

村岡宗四郎は弘化 2 年魚屋町で生まれ、母は勤王家小橋家の息女。その影響で勤王に志し活躍中、慶応 3 年 1 月、22 歳で死亡した。

「尊王攘夷」「明治維新」というキーワードの中で丸亀城でも色々あり、その時の人らの記念碑みたですね。

延寿閣別館

延寿閣別館

延寿閣別館

麻布にあった丸亀藩京極家の江戸藩邸の一部を昭和八年(一九三三)に移築したもので、内部は大名家の生活がしのばれるよう昔のまま保存されている。

偉い人の昔の家(雑)

ちょっと話は変わりますが、

丸亀市の取り組みで「城泊」っていうプロジェクトが進められていて、この延寿閣別館を宿泊施設にする(2024年予定)っていうのが進んでたと思うんだけど、、

これこれ

www.coolkagawa.jp

でも見た感じ草ボーボーでただの怖い古屋敷と化していました笑

真夏に行ったから、ヤブ蚊とか大量に出てきそうで怖かったからこれ以上は近づけなかった。。

三の丸から見る石垣

三の丸から見る石垣も大きくて迫力ありました。

三の丸から見る石垣

この向こう側に二の丸がある。

ということで、天守に向かって進んでいきます。

三の丸を出て天守へ

二の丸

三の丸を抜けると、次は二の丸に出ます。

二の丸の様子

ここも今は広場になっていて、トイレや水場がありました。

怖い伝説が残る井戸

二の丸には、怖い伝説の残る井戸があります。

噂の井戸

二の丸井戸の案内板

二の丸井戸

この井戸は直径が一間(一、八メートル)、深さは絵図によると三十六間(約六五メートル)と記され、日本一深い井戸といわれている。丸亀城で最も高いところにあり、現在も水を湛(たた)えている。また、石垣を築いた羽坂重三郎が敵に通じるのを恐れたお殿様により、この井戸の底に入っている間に石を落されて殺されたという伝説が残っている。

丸亀城を築いた時に、

「どうだ!この高い石垣なら誰も上れないだろう!」

と息巻いたお殿様に対して、これを作った羽坂重三郎が

「いや、登れる方法ありまっせ」

って言って鉄の棒を使って登ってみせた。

「この方法(石垣の攻略法)が外に漏れたらまずい!」

としたお殿様がこの羽坂重三郎を井戸に…

っていうお話みたいです。

この中に羽坂氏が…

この井戸、今でも水が入ってるんですって。

井戸の中を覗いてみる

深いから底まで見えなかったです。

ということで、いよいよ天守に参りましょう。

いざ、天守へ!

本丸

本丸

本丸にやってきました

本丸の様子

本丸も広場になっていて、そこに天守があるような構成になっています。

本丸広場から丸亀市を一望

本丸にも櫓跡があって、そこから丸亀市を一望できます。

宗門櫓跡

本丸から臨む丸亀市

天守

いよいよ、天守との対面です。

丸亀城 天守

ついに、、ここまで登ってきた甲斐がありました✨

丸亀城の天守は、現存十二天守の1つですね。

しかしここで残念なお知らせが。。。

天守入館のご案内

この時すでに 17 時を回っており、天守の開館時間は終わっていました。

はるばる東京から来たというのになんてこと…😭

仕方がないので天守を外から眺めます。

天守の外観を楽しみます

天守の裏側にも櫓跡がありました。

天守の裏手

日本一の高さを誇る石垣を持つ「丸亀城」

石垣の高さ、どんなものかと思って来ましたが、実物は本当に巨大で、迫力がありました。

日本一の高さを誇る石垣

そしてその石垣を超え、天守へ行くための「見返り坂」は本当に心臓破りの坂道でしたが、それを乗り越えても見る価値のある石垣と天守だったと思います。

お城というのはその構造として「攻めにくい」が追求されていますが、こうして「高さ」を武器に築き上げた丸亀城。

これは難攻不落ですね。

日本一の高さを誇る石垣を持つ「丸亀城」

是非行ってみてください。

丸亀城